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3月 市場の倫理 統治の倫理

(著者)ジェーン・ジェイコブズ (訳者)香西泰 (出版)日本経済新聞社
<読んだ経緯>
・山岸教授の「日本の「安心」はなぜ消えたのか」最終章で、自説の種本的ものとして紹介されていたもの。先に読んだ追悼雑誌では、ジェイコブズの関心が、「アメリカ大都市の死と生」などの都市計画、都市生態学から、国家論、経済学に移っていった時代の著作として紹介されていたと思う。
・原著名は「システムズ オブ サバイバル」生き残るための仕組み?、この方が内容をよく表している感じがする。
・どうして世の中に不法・不正が多いのか、どうして合法版が海賊版に淘汰されるのかなど、現代の抱える問題の一端を鮮やかに描き出している本。広く伝えるべき良書と思ったが、読み終わってしばらくすると、ジェイコブスの批判、警告は自分にも向けられている(自分の問題でもある)ことがわかり、常にこの批判に反論できるような仕事をしなければならないと襟を正させられる本でもあった。
・余談だが、記述が極めて具体的、主張を裏付ける論証、反証、再反証がダイナミックに展開していく、その中で、プラトンなどにも触れられている教養小説的な面も持った本である。(叙述もソクラテスなどを意識してか対話編)。その意味で、私など慣れていない者には少々読みづらいが、「1冊で何度もおいしい本」とも言える。
<要約・感想>
・まえがき~第2章で「人間には、他の動物と同様採取し縄張りを作る活動の他に、交換をしそのための生産活動に従事する活動がある。これに対応し、道徳や価値にも2つの根本的に異なる体系があり、2つとも有効で必要である」と述べ、各道徳律の内容を記述し、3章以降でそれぞれの内容について詳しく述べている。
(市場の倫理)            (統治の倫理)
 暴力を締め出せ             取引を避けよ
 自発的に合意せよ            勇敢であれ
 正直たれ                規律遵守
 他人や外国人とも気安く協力せよ    伝統堅持
 競争せよ               位階尊重
 契約尊重               忠実たれ
 創意工夫の発揮            復讐せよ             
 新奇・発明を取り入れよ         目的のためには欺け
 効率を高めよ             余暇を豊かに使え
 快適と利便さの向上           見栄を張れ
 目的のために異説を唱えよ       気前よく施せ
 生産的目的に投資せよ         排他的であれ
 勤勉なれ                剛毅たれ
 節倹たれ                運命甘受
 楽観せよ                名誉を尊べ
・ちなみに、3章で(ジェイコブズは商業倫理の下でしか科学は発展しないとしているので)研究費の配分に政治の倫理が持ち込まれた場合の害悪について述べており、昨今の「事業仕分け」で科研費が問題になったことが思い出される。税金である以上政治が責任をもって決めるべき、あるいは、もっと根本的には、透明化を進める中で国民が決めるべきということは当然正しいが、それと商業倫理(的配分法)をどう整合させるのか、難しい問題を提起していると思う。(従来から統治の倫理で決められてきたという見方もあるので)
・7章の「型に収まらない場合」で、同じ医師が患者に奉仕する医師と国家に奉仕する医師になることがあるのだから、常にどちらの倫理で行動しているかを認識、区別すべきであるというのはなるほど大事な指摘だと思う。
・9章「道徳のシステム的腐敗」は、(92年に発行された書物だが)最近の金融危機を予告しているかのごとき記述に驚く。統治の倫理に毒された金融システムが商業倫理の競争に駆られて破滅への道をひた走ると述べている。
・ジェイコブズは、各倫理の正しい区別の必要性を説き、統治の領域に商業倫理を混同させる、あるいはその逆を厳しく諫めている。そしてそれはプラントンも既に述べているとする。
・10章「倫理体系に沿った発明・工夫」で、経済問題を商業倫理で解決する重要性を述べ、貧困を経済的手法で解決しようとするグラミン銀行のマイクロクレジットなどを紹介している。指摘の鋭さ、広さに改めて驚く。
・地元の貧困克服のため地元産品を活用する提案(地域輸入代替)に対し、経済学者が通説的理論(比較優位)からこれを保護貿易主義的だと不快感を示すくだり(ジェイコブズは、理論から出発し現実を割り切ろうとする上から目線の学者の愚かしさを痛烈に批判している。)などは、自分でも心しないといけないと思った。また、同じ地域輸入代替であっても統治者倫理に基づいて行われる場合は失敗すると述べており、考えさせられる。
・11~13章、両倫理を共生させるための2つの方法、すなわち身分固定と倫理選択について述べ、複雑な民主主義社会では自覚的な倫理選択が必要なことを述べる。
・13章の、「家族は社会の基盤」を否定し「社会自体が社会の基盤、社会は家族の基盤であり逆ではない」は、多数の理解は得られないかも知れないが、何となくわかるような気はする。個々が生活を立てていく方法が無い中での家族のもろさを言っているのだと思う。
・最後に、市場の倫理と統治の倫理の特徴を定式化したもの(前記)が付録として掲載されている。
・(訳者あとがき)訳者の香西氏は著名な政府系エコノミストで、当然主流派経済学に属しているのだろうが、それを痛烈に批判するジェイコブスに対して大変好意的な評価を行っている。これはここで語られている氏の生い立ちなどからくるリベラルさが影響しているのだろうか、好感を持った。(ちなみに、氏が親しんだ格言として挙げられているケナンの「現実的であることが進歩的でないはずがない」は、冷戦時代のものだろうが、これからの時代に必要な考え方だと思う。)また、氏の語る本書への批判(両倫理の相互浸透の必要性など)は、新しい公共の部分がますます大きくなっていく時代に、まさにそのとおりであり、重要な指摘であると思う。
・地方行政は、大きく言えば統治の倫理に属するのであろうが、ジェイコブスの掲げる本質(取引や治安を守る、権力的契機)から考えると、市場の倫理で対応すべき部分が大変大きいと思う。これを、市場にまかせるのか、従来の公務員が市場の倫理を深く理解しつつ担うのか(これはシステム腐敗ではなく相互浸透だと思いたいが)、難しい問題だと思う。基本的には公務員を減らして前者の考え方で行かなければならないのだろうが、地方行政のように、市場の倫理と統治の倫理の中間域のような役割(コーディネート機能)もあると主張したいと思うが、ジェイコブスのシステム腐敗論に胸を張って反論できるだろうか・・
・また、「システム腐敗」も深刻だが、統治の倫理も市場の倫理も、その内容や意志決定過程がブラックボックスになることが腐敗の一番の原因だと思うので、各倫理内の手続の透明性を確保することなども重要だと思う。

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2010年04月25日 | ソーシャルキャピタル、ガバナンス | こめんと 0件 | とらば 1件 | とっぷ

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2010/12/19 | きゅうふみ的読書録 |

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