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1月 生活保障~排除しない社会へ~

(著者)宮本太郎(北大院法学研究科教授)(岩波新書)
<読んだ経緯>
・職を失うと住居も生活もすべて失う「すべり台社会」や、満期満額の国民年金受給額が生活保護費より低いことなど、日本のセーフティネットをめぐる問題がいろいろ言われているので、これについて考える一環として(子どもに教えられて)購入
<はじめに>
・「生活保障とは、雇用と社会保障を結びつける言葉で、社会のグランドデザインが改められる時に必要な視点」「目指すのは、大多数の人が就労できあるいは社会に参加できる「排除しない社会」へのビジョンで、そのためには、所得保障だけでなく生活の張りを得る居場所の確保(「承認」)が大切、併せて、合意可能性、ルールの明確化を(社会契約として)考えることが必要」
<第1章断層の広がり、連帯の困難>
・「分断社会の出現=相対的貧困率14.9%(OECD2008)
 社会保障は、亀裂を修復するどころか固定化し、拡大(排除)している。制度的排除(失業手当をもらえない失業者が77%)と実質的排除(保険料未納による排除(寝屋川市国保料年収200万4人家族で、全国トップの50万3900円→「年収」は控除後のものだと思うが、それにしてもこれではしんどいだろうと思う)や行政サービスの地域格差(自己負担額の格差:保育料4.7倍等(日経2006))等)」
・「連帯の困難=社会から排除されていないインサイダーも「息苦しい閉塞感」
 スウェーデンの政治学者は、①政府に対する信頼の強さは市民相互の信頼の度合い(社会関係資本)に比例する傾向がある、②所得制限などをしない普遍主義的社会保障や公共サービスに接した人は政府と他の市民への信頼が高くなる傾向があると指摘する」(→①は納得だが、②は疑問)「日本は高信頼社会であるという立場(F・フクヤマ)と、低信頼社会であるという立場(山岸教授)があるが、これは、パットナムの拘束型ソーシャルキャピタル(フクヤマ)と、橋渡し型~(山岸)に対応する。現在の日本では拘束型~は弱まり、橋渡し型が重要となっており、それに対応した新しい仕組みがいる。現在特に憂慮されるのが、やみくもに特権や保護を叩き引き下げることで政治的指示を広げようとする言説(丸山真男の「引き下げデモクラシー)である」
・「政権交代がなされたが、民主党は戦略なき財政出動を行っており、これで人々が深く締念すればまた振り子が戻り新自由主義に戻るおそれがある」「今必要なのは(綱から落ちた人を救う)セーフティネットというよりも、(綱を補強したり、つないだりする)生活保障であり、それは国家責任をいうだけでなく、(国民責任も含む)社会契約として構築しなければならない」
<第2章日本型生活保障とその解体>
「日本型の「仕切られた生活保障」が社会の変化に対応できなくなったままである」
<第3章スウェーデン型生活保障のゆくえ>
「労働と生活保障を結びつけ、労働市場の流動化も促しており評価できる(雇用保障について、日本は「殻」(現在の産業・企業に留まること)を保障しようとし無理があるが、スウェーデンは「翼」(産業構造の変化を促したり、多様なリスクに対応すること)を保障しており日本より柔軟)が、近年失業率アップで困難を抱えている」
<第4章新しい生活保障とアクティべーション>
・「生活保障再生への4つの条件として、①流動化・個人化する社会に対応できる柔軟性、②就労を軸とした社会参加(承認される場、生きる場)の拡大、③補完型の所得保障(失業時に支給する代替型ではなく)、④人々の合意可能性が挙げられる。日本は男性稼ぎ頭の雇用保障中心で柔軟性に欠けるが、スウェーデンは③以外具備し、今後の日本の参考になる(しかし、スウェーデン型礼賛ではない)」
・「生活保障の再構築をめぐる議論には、雇用と社会保障の関係をめぐり、①切り離し、所得保障を独立に行っていく考え方(ベーシックインカムアプローチ→ただ乗り(フリーライダー)を許すことへの批判が強い)と、②雇用と社会保障をこれまで以上に連携させていこうとする考え方(アクティべーションやワークフェアと呼ばれる。スウェーデン型やイギリス労働党の第3の道→制度の複雑化、不透明化やパターナリズムのおそれ)がある」「本書は、アクティべーションに近いが、ベーシックインカム的なものも一部取り入れる」
・「ベーシックインカムの可能性」
・「アクティべーションへ~4つの政策領域
 ①就労や社会参加を促進する政策、②就労の見返りを大きくするための政策、③持続可能な雇用を創出する政策、④労働時間の短縮や一時休職の政策」
<第5章排除しない社会のかたち>
・「排除しない社会は、上記4つの政策領域の「①参加支援」において、性別等でコースの分かれた一方通行型の社会ではなく、性別等のコース指定のない交差点型社会である」「そこには、教育と労働、家族事情と労働、失業と労働、体と心の弱まりと労働を結ぶ4つの橋がかかっており、人々はそれをわたって行き来できる」
・「排除しない社会のガバナンス(4つの橋をかける人)は政府だけが担う訳ではない」「このようなガバナンスの転換の中でパターナリズム等に陥らないようにするため重要なのは「利用者民主主義」である」
・「排除しない社会は、政府と人々、あるいは、人々の間の社会契約に基づくべき」
・「明確化、透明化、分権化等信頼醸成を行う中で、負担(消費税)に対する理解も得られる」
<感想>
・日本の社会が直面している問題を「生活保障」という言葉を軸に、非常にわかりやすく整理してくれており、勉強になった。
・ただ、スウェーデンの研究者の、所得制限などない施策の方が人々の政府信頼性を高めるという指摘が引用されていたが、日本ではそうならないのではないかと思う。所得の把握が公正ではないと言う不信感は根強いと思うが、だからといって人々が所得制限を無くした方がいいと思っているとは思われない。もっと正確に所得を把握し、所得のある方にはたくさん負担してもらうというのが多くの国民の願いではないだろうか。
・それと、日本の仕組みが一方通行的だというのは何となくわかるが、それはすぐにかえられるものなのだろうか。例えば、税金や保険料の徴収で企業に多くの負担をしてもらっている(本来なら徴税協力費を払わないといけないのではないかと思うくらいだ)が、そのような仕組みとも関係しているとすれば、なかなか難しい点があるかもしれない。それと、生活状態や所得に関するきちっとした統計が揃っていない中で、あるいは、個人個人の所得がきちっと把握されていない中で、本当に「生活保障」の議論ができるのだろうかという感じもする。様々な研究成果に基づいてよりよい施策を考え、変革していくことは重要だと思うが、同時に、走りながら、より公正な所得の把握、徴税の仕組み、それを映し出す統計制度等についても考えていかないと「合意」は難しいのではないかと思った。
・しかし、本書は、著者が最後に書いているように「対話のきっかけ」になる本当によい本だと思う。

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2010年04月24日 | ソーシャルキャピタル、ガバナンス | こめんと 0件 | とらば 0件 | とっぷ

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