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3月 岩盤を穿つ~「活動家」湯浅誠の仕事~

(著者)湯浅誠(文藝春秋)
<読んだ経緯>
・NHKテレビで、昨年内閣府参与に就任し、やめる直前までの湯浅さんを追ったドキュメンタリーを見て、直近に出された新著を購入。湯浅さんの本を初めて読んだ。
・ちなみに、先の番組は比較的冷静に作られたものだったが、緊張感のないハローワークの職員の姿やそれに対する湯浅さんの静かな怒りを映していて、恥ずかしかった。
<概要・感想>
・「まえがき」で「社会が認定した通常のルートをはずれてた人の夢見る権利を養護し、夢見る条件を作ろうとするのが活動家である」と述べる。
・「第1章NOと言える労働者に」
 人がどうして貧困に落ちていくのか、相談者の例に基づき描いている。家族のセーフティネットから落ちてしまった人の中に、雇用保険や相談窓口など行政の姿はほとんどない(役に立っていない)。そして、NOと言えない労働者が労働市場を劇的に破壊しつつあることに警鐘を鳴らす(貯蓄ゼロ世帯23%、雇用保険もらえない失業者が8割近く(雇用保険もらえても自己都合扱いなら3か月間お金もらえない)という状況で、当座の生活費や住まいのない人はNOと言えない労働者になるしかない等々)
 フランスなどでは、日本の非正規のように賃金は増えていかないが、教育費や生活費も増えていかないことを紹介。日本は収入が増えなくても支出はどんどん増えていくことが問題だという。
 1章の最後に、当時の桝添厚労相が、街頭で「派遣村の人間は、住み込みで年収1千万円以上稼げる求人票を持っていったが応募してこない」などと演説したことに、1千万云々などやくざのブローカーも言わないと反論している。
・「第2章生活保護と野宿者の現実」
 北九州市の生活保護行政のことが書いてあり、胸が痛む。ここに書いてあることはすべて事実(ノルマや高飛車な態度、支援者の同席を認めない相談員の相談拒否等々)なのだろうが、貧弱なセーフティネットの下で、財政負担も含めてすべての責任を取らされる市町村のことを考えると、市町村だけ批判していればすむ話ではないと思う。国の解釈(勿論これが正しい)と市町村の運用の実態が余りに違いすぎることをどう考えたらいいのか全くわからない。
 「貧困ビジネスいろいろ」では、いつも思うことだが、ここで被害に遭う人たちのところに、行政の姿が全くないこと、あるいは行政に頼ろうとしたがちゃんと救ってもらえなくてこのような被害に遭っている、そのことに心が痛む。
・「第3章貧困は罪なのか」「第4章自己責任論が社会を滅ぼす」「第5章ぼくは活動家」
 湯浅さんが最大の問題だと考えている「自己責任論」に対して反論している。貧困問題の解決は、様々なことを総合的に考えなければならないので大変難しいと思うが、著者のように現場から「コツコツ岩盤を叩き続けるしかない」と頑張っている方々の意見には耳を傾けていくべきだと思う。
 第3章では、アメリカの「リビングウェッジ(生活賃金用例)」が紹介されており、参考になる。
・そのためには、やはり「実態を知ること(制度が現場でどう生かされているか(あるいはいかされていないのか)」と、それを皆で情報共有することが最も大事だと思う。派遣村の人たちが集団で生活保護の申請をして認められたことに対してもいろんな異なった意見があると思う。私の子どもは、湯浅さんについては、「生活保護もらう人をやたら増やしている人だろ」と否定的に言っていた。生活保護の母子加算復活についてもそうだろう。現に、同じような生活水準だが保護を受けずにやっている方は不公平な措置だと批判していた。複雑になりすぎた制度の下で(また、そもそも一人一人の所得自体が正確に把握できない中で)、とても難しい問題だと思うが、実態の把握と情報の共有化を粘り強く続けていく中で「合意」を目指していくしかないのだろうか。

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2010年04月25日 | 福祉、雇用 | こめんと 0件 | とらば 0件 | とっぷ

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