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10月 社会保障の「不都合な真実」

(著者)鈴木亘(学習院大学経済学部教授、日本経済新聞出版社)*10年7月15日1版1刷
<契機>
 日経の書評を見て即購入。日本の社会保障制度が経済学的には不合理の固まりだということはよく指摘されているが、その詳細を私ら素人にもよくわかるように説明してくれる良書。著者は以前日経・経済図書文化賞を受けた「生活保護の経済分析」共著者のお一人(文藝春秋最新(11月)号でも保育分野について同旨主張を展開している)
<はじめに>
 「最近、楽観的な社会保障論~年金制度は破綻しない、子どもが増えれば社会保障財源は改善する、医療費・介護費を拡大して景気回復 等々~が世の中に流布され、現政権ではむしろ常識にさえなっている」「しかし、経済学の目から見ればこれらはあまりに荒唐無稽な間違いなのでそのことを多くの国民に理解してもらうため本書を刊行」 
<第1章 社会保障の「不都合な真実」>
・「世界最速の人口減少と高齢化の下、日本経済はゼロ成長もしくはマイナス成長が常態化する。その中で日本の社会保険の採用している賦課方式を維持しようとすると、一人の現役層が一人の高齢者を支えることになる。まさに悪夢」
・「日本の社会保障制度の特徴は、①賦課方式の財政、②公費・補助金漬け、③高コスト体質、④護送船団方式であり、一言で言えば、高度成長時代にしか成り立たない「おこぼれ頂戴モデル」」
・「年金は元々は積立方式だったが、その後の大盤振る舞いで積立金が不足(厚生年金で540兆円の債務超過)し、現役層の積立金を流用する自転車操業が常態化、それが賦課方式として制度化された」
・「高度成長時代に始まった医療保険はともかく、少子高齢化の急速に進んでいる中で始めた介護保険を賦課方式にしたのは、正気の沙汰とは思われない」
・「日本の公費投入率の高さ(3割以上)は社会保険を持つ国の中でも突出。しかも、その金は利用者でなく施設に流し込まれ、その公費の入った施設を潰せない、ということで、高コスト、護送船団方式となる」「高齢者も既得権益層化し、自分の払った保険料(の現在価値)の何倍もの給付を受けて当然と思っている」
・「小泉構造改革が諸悪の根元のような議論がまかり通っているが、全くの間違い。社会保障費の増加分の一部削減など気休め程度にしかすぎない」「今の日本で、中福祉・中負担などあり得ず、中福祉・超高負担か、低福祉・高負担のどちらを選ぶかである」
<第2章 子ども手当は子どものためか>
・「子ども手当は景気対策?(GDP引上効果0.17%)、少子化対策?(子育費用2985万円に対し468万円)、子育て支援策?(パチンコ代等)どれも?、結局無駄遣い」
・「ただ、その金を保育等施策に回せという意見もあるが、現在の保育業界の異常な高コスト体質等を維持したままでは、同じく無駄遣い」「現行保育サービスは、乳児一人に月57万円つぎ込んでいる計算」「厚労省は待機児童数を46千人としているが、実際には最大80万人程度と推定」「高コスト体質を改善しない限り幾ら金があっても対応できない」
・「本来対立してもおかしくない(=だから市場で調整されるべき)園、保護者、被雇用者の利害が、膨大な公費投入と参入制限という従来型の政策(おこぼれ頂戴モデル)に守られて「金持ちけんかせず」でいられ、団結(して国などに保育の充実を要求)できている異常さを認識すべき」→これが全編を貫く著者の主張で、大変わかりやすい。確かにインセンティブ型の施策は現行不十分だと思う(構築はなかなか難しいと思うが)。同じことは、世界一高い学費の原因が国庫補助の少なさにあるかのような信じ難い議論がなされている高等教育分野にも言えると思う。
・最後に、著者は、子ども手当てのバウチャー化と病児・病後児保育の社会保険化を提案している。
<第3章 社会保障は貧困を減らせるか> 
・生活保護をめぐる相反、矛盾する議論(北九州餓死事件などで行政を攻撃するかと思えば、貧困ビジネスの巣窟となっているとか、国民年金受給者より多いのはけしからんなど)について、「生活保護のダム理論」(行政は膨大な生活保護予備軍(からの申請)をダムのように必死に防ぐが、そこを通過した人々には何から何まで親切に面倒を見てあげるという「オールオアナッシング」の制度。著者に言わせると、組織の責任範囲を絞り込み、その範囲内は責任を持つが、外のことは知らないという「官僚の行動原理の産物」)で説明できるとする。説得力がある。
・しかし、当然のこととして、それでは増大する対象者に対応できず、また、受給者はいつまでも「貧困の罠」(自立へのインセンティブが何もない)から抜け出せない。著者の提案する改革案は、当面、①短期救済と本格認定の二段階化、②資産の一時的所有権移転等を行うとともに、基本的には、負の所得税の導入である。
・貧困ビジネスについても、不正を行った人間を糾弾するだけでなく、(不正へのインセンティブを与える)現行政策が問題だという視点から考えるべき。規制を強化するだけでは、不正が巧妙化・潜在化したり、どこからも救済されない人が増えるだけとし、アメ(経済学的~インセンティブを与える~施策)の必要性を強調する。「不正へのインセンティブ」の記載など大変具体的
<第4章 年金は本当に大丈夫なのか>
・「民主党は、年金記録問題を最優先し、制度改革は4年かけて議論するとしているが大変な間違い。団塊世代が受給者に転じるこの時期の年金財政の悪化を放置すると国民負担がさらに増大」→この通り事態が進んでいる。照合のために浪費される膨大な金のこともようやく問題視されるようになったが遅かった。
・「制度改革は、保険料の引き上げよりもマクロスライドによる給付の引き下げが望ましいが、民主党の年金改革は基本的には保険料の引き上げ型」「特に、所得把握率の低さをこのままにして民主党案を導入すると、フリーライダーが大幅に増える」
・そこで、「まず納税者番号制と歳入庁の早期創設が必要」「そして、年金純債務を清算事業団のように別会計にして、所得比例年金を純粋な積立方式で運営すべき(賦課方式という悪夢からの解放)」「その上で、純債務を現在の受給者、現役層、将来世代でどう負担しあうか、国民的議論をすべき」
<第5章 「介護難民」はなくせるか>
・「介護保険は、「在宅分野」では画期的な市場開放を行い、供給量が一気に増加させ(成功し)たが、「施設分野」では既得権益を持つ業界団体の政治活動によって参入規制が維持され「待機老人42万人」などが介護難民となって無届施設などに流入している」「特養は多額の補助金投入によって1床あたり1千~2千万の建設費がかかっているが、入居費や利用料が安く抑えられている」
・「高コストの特養施設に代わり擬似的な施設の総量規制を撤廃して増設をはかることが現実的」「その上で、介護保険財政への影響を抑えるため、自己負担の増、家族への現金給付の導入、混合介護(介護保険からは基準額を払うが、サービス価格は自由化する)の導入等を行うべき」
<第6章 医療は誰が支えるか>
・医師不足問題や後期高齢者医療を巡るドタバタ劇について経済学的に分析した後、ここでも、賦課方式が時代に合わなくなっているとし、京大の西村教授らの提案する医療保険への積立勘定の導入を提案する。
・そして、制度全体を積立方式化するだけでなく「医療貯蓄口座(MSA)」の導入も考えるべきとしている。
<第7章 財政破綻は避けられるか>
・ここでは、賦課方式と高コスト構造の下で借金漬けとなった日本の社会保障の財政破綻を避けるため、民主党などの主張する「社会保障は成長戦略」などの政策について検討している。
・「賦課方式の下で社会保障費を拡大すると、高齢者層が将来世代に負担を押しつけて需要を先食いするもので、成長戦略から最もかけ離れたもの」「施設整備などの設備投資も恐ろしく非効率」
・「では景気対策にはなるか。介護・福祉分野は乗数効果が大きいと言われているが、賃金が安いからで、当たり前。他のサービス業にも共通した特徴。問題は一度増やした財政支出は既得権益化し、景気が回復したからといって減らせない、つまり景気対策としては不適切」
・さらに、「高齢者の過剰貯蓄取り崩し効果」や「所得再配分による消費刺激効果」についても、その効果は極めて限られたものであることを論証している。
・「こうした中、介護・保育分野における規制緩和だけは一考に価する」「問題は政府にそれを行う覚悟があるかどうかである」として、本来的+現実的な政策を提案している。
<感想>
 全編から、著者の「社会保障の不都合な真実に目をつむらず(思考停止に陥らず)国民的議論をしていこう」という強い想いが伝わってくるすばらしい本。以上

2010年10月20日 | 福祉、雇用 | こめんと 0件 | とらば 1件 | とっぷ

8月 おひとりさま介護

(著者)村田くみ(サンデー毎日記者、河出書房新社)*10年6月30日初版発行
<読んだ経緯>
・新聞の書評欄で発見「これさえ読めば安心」のコピーに惹かれ購入
・「お一人様」とあるが、家族形態がどうあれ、少数介護、自己介護が避けられない中、実際に制度を使ってみての話ばかりであり、具体的で勉強になる本。ご多分に漏れず、医療福祉関係者の上から目線に多々遭遇するが、それに対する上手な対応法の参考にも。
<概要>
・入院から退院まで
 「救急車で運び込まれた病院の医師に「病院は静養の場ではないので、介護サービスを受けるまで治療もせずに病院にいることは出来ませんね」とキッパリ言われた」「リハビリも一切してもらえなかった」「このまま家に帰ったらまずいと思い、ネットで回復期の病院を探したが、必ず「紹介状が必要なので主治医に書いてもらってください」」「しかしこの主治医は転院の必要はないの一点張り」「今回のように主治医を選ぶ余地がない場合、患者や家族の要望に耳を傾けない医師になる場合がある。いざというときの病院を決めておかなければならない(かかりつけ医を確保し、そこからいざというときの病院を聞いておく」
・リハビリの重要性
 「70過ぎた人が2週間も安静にしていると廃用症候群を起こすことがありリハビリが必要だが、脳血管障害以外の疾患ではリハビリにうまく移行できないことがある」
・介護認定
 「要介護度は病状の重さで決まる訳でなく、日常生活にどれだけ支障があるかで決まる」「思っているより軽い認定が出ることが多い(著者の場合、要介護3だと思っていたら2)」
・在宅サービス
 「他人に鍵を預けるのがいやだったのでホームヘルプサービスは無理で、福祉危惧のレンタルとデイサービスを利用」「社交的でない母はデイサービス、特にそこで行われる強制的なレクリエーションが苦痛」
・施設サービス
 「地域包括支援センターで施設サービスの話を聞こうとしたら、職員は嘲笑するように「要介護度5の人でも2~3年待つのが相場ですよ」言った」「確かに、全国の待機者は42万人以上いる」「そこで老健施設にチャレンジ、比較的空きのある2人部屋、1人部屋は費用が月30万円を超し無理」「また、老健は、母のように定期的な通院が必要な人は入所できなかった」
・お金で老後の暮らしは変わる
 「住民税非課税世帯と課税世帯の自己負担額は大きく異なる」「著者の場合(課税世帯、要介護2)、特養(多床室)では月74130円(非課税世帯だと月44300円)、特養(個室)では99030円、老健(施設により違うが、たまたま試算してもらったところでは)月91890円(多床室)、月286500円(個室)であった」「ところが、友人から教えてもらった「世帯分離」という魔法の制度を使ったところ、母はたちまち「非課税世帯」とあり、負担が大幅に減った」「さらに、各種還付や介護保険料の低下などで大きな節約ができた」
・介護うつ、介護者のアルコール依存症など
・自治体の介護者支援電話や介護者の会を上手に利用する。ここに、「役にたつ相談窓口」として京都の「認知症の人と家族の会」などが取り上げられている。
・親族間の協力「ぽっと出症候群(事情を知らない離れていた親族が、善意であっても急に口を挟むなどしてかき回す)に注意」
<感想>
・叙述のとおり、体験者ならではの各種制度等の利用法や、時々の不安やその解消法なども含めた、きめ細かな情報がよく書かれている、役に立つ本だと思う。

2010年08月29日 | 福祉、雇用 | こめんと 0件 | とらば 0件 | とっぷ

8月 最低所得保障

(編者)駒村康平(岩波書店)*10年4月23日第1刷発行
<読んだ経緯>
・生活苦に陥っている人が増えていることを日々実感する一方、ばらまき的としか思えない社会政策が進められる中、今まで買いためた生活保障関係の本をまとめて読んだうちの1冊。
・若手研究者たちによる熱のこもった一般向け論文集で、確かに勉強にはなるが、すべて政策課題であり、社会実験のような試行錯誤の中でしかその実効性は検証できないものであるが、今の政治状況や国民の意識状況を考えると社会実験は難しいと思う。何やかや言われながら、ばらまき的施策が競われるしかないのかと考えるとむなしくなる、内容が熱のこもった本だけにそんな気持ちも抱かせられる。
<序章、なぜ最低所得保障なのか>
・「社会保障制度についての議論が盛んになっているが、議論は、不公平感、不信感の域を出ていない」
・「本書では、整合性(制度間で給付水準に矛盾がない)と包括性(重畳的にカバーする)の確保という観点から、現行制度の検証とあるべき姿の提示を行っていく」
・「日本の貧困率は世界的に見て高いが、世帯類型により異なることも注意。高齢単身女性世帯、母子世帯、失業世帯等」
・「最低所得保障(公的年金、公的扶助、課税最低限、最低賃金)の国際比較で、日本は、公的扶助は平均より少し上、(最賃や年金は公的扶助を上回ることが望ましいが)基礎年金は唯一公的扶助より低い、課税最低限と公的年金が同水準、という特徴」
・「上記国際比較はすべて「個人単位」に換算したもの。あるべき制度は、個人単位、世帯単位どちらで考えればいいのかが課題」
<第1章、最低生活保障実現に向けた生活保護>
・まず、理想主義的な理念(条文)から出発した日本の生活保護が「機能不全」「関係者でもわからない」と言われるようになった歴史が詳しく述べられる。
・結局、以前どこかで読んだ「日本の生活保護は、入るのは極めて困難だが、一度入ったら至れり尽くせりで出るインセンティブが働かない」ということが最大の問題か。同時に、生活保護の理念(のみ)に忠実に努力してきた政策の「縦割性」の悲惨な結末と言うべきか。いずれにしても、国民の多数は生活苦と隣り合わせでありながら、必死に頑張っているという現実を前提にした「整合性」のある制度にすべきなのだろう。その意味で、政権交代後「生活保護の母子加算の復活」が善政のように語られたことのむなしさを痛感するし、このような感情的な政策議論しかなされないことへの不安が募る。
<第2章、高齢者の最低所得保証>
・国民年金の給付額は保護基準と密接に結びつけられていた(基礎年金化後も、夫婦世帯では保護基準を上回る)が、公的年金を受けながら保護を受給する高齢者の割合も増加
・「国民年金を最低生活費の給付としての最低所得保障に位置づけることは原理的に困難」
・「新たな年金制度は、個人単位の所得比例年金と、夫婦単位の最低保障年金を組み合わせたものであるべき(厚生年金と国民年金の一本化、3号被扶養者の廃止+育児期間の不利の防止、夫婦単位の最低保障年金の創設等)」
<第3章、母子世帯の最低所得保障>
・「日本の特徴は、死別(遺族年金)か離別(児童扶養手当)かという理由によって制度が異なること、前者は削減なし、後者は一貫して抑制」「その結果、後者の生活保護依存度は前者に比べて高い(2%対10%)し、保護廃止率(就労等による脱出)は低い」
<第4章、障害のある人に最低所得保障を>
・「障害手当等の前提となる「障害認定」で、諸外国は稼得能力の減退度合で認定し、日本でも3級まではそうなってるが、最も重要な1,2級は日常生活能力の制限度合となっており、現実的でない。その結果、日本では、勤労収入の有無・額と障害年金の有無・額に関連性がほとんどなくなってしまっている状態」
<第5章、雇用保険制度における包括性~被正規労働者のセーフティネット>は、失業者に占める雇用保険受給者の割合が低下の一途をたどり、2割台まで落ち込んでおり、その役割が著しく弱体化しているなど、今までよくなされている議論と同じ内容なので省略。<第6章、最低賃金と生活保護の整合性の再検討><第7章、課税最低限と生活保障>も、それぞれ勉強になったが、特記事項なし
<第8章、最低生活保障の理念を問う~「残余」の視点から>
・「今の日本は、国民皆保険が失敗しそれが「巨大な排除の装置」(逆機能)に陥っており、公的扶助がそれを補完する役割を与えられている」「ベバリッジ報告などでは、公的扶助は社会保障の発展につれて縮小すべきものとされていたが、包括性の使命を帯びた制度として積極的な位置づけを与えられるべき」
・「これまで貧困を代表するものと扱われてきた「被保護者」は、今やその周辺にあるもっと大きな貧困層の中で羨まれ、批判される存在となった」
・「住所や国籍(ハンナ・アレントのいう権利の足場)を持たない人々の保護は、福祉が社会的弱者のための救貧的なものから「普通」の市民の社会的資源へと社会的意味と機能を変化させる中で、むしろ弱まってきたことに注意すべき」
<終章、最低所得保障制度の確立>
・最後に、以上の分析及びベーシックインカム、給付付き税額控除の検討を踏まえ、生活保護をベースとした政策提言がなされているが、内容は省略する。以上

2010年08月22日 | 福祉、雇用 | こめんと 0件 | とらば 0件 | とっぷ

7月 国民健康保険

(著者)結城康博(岩波ブックレット)
<読んだ経緯>
・低所得者でも保険料が何十万円にもなり、払えない人が増えている一方、膨大な無資格組合員が見つかった国保組合など、生活苦が広がる中で国保をめぐる関心が高まっているので、本屋でたまたま見つけた本書を購入。著者は以前読んだ「介護の値段」を書いた方
<内容>
・著者は「保険証1枚で良質の医療サービスが受けられる」日本の国民皆保険制度を高く評価し、それを維持していくべきという立場
・「組合健保(約1500組合、3000万人)」「協会けんぽ(1組織だが都道府県支部毎に保険料は異なる、約3500万人)」「各種共済(約900万人)」「市町村国保(約1800組織、約3600万人)」「国保組合(約165組合、約380万人)」「後期高齢者医療制度(約1300万人)」
・「市町村国保は国民皆保険の最後の砦だが、無職者の割合が急増(55.4%)」「協会けんぽ等のように会社負担がない(公費負担はあるが)」「市町村国保の保険料は割高(国保世帯年間所得額約170万円、うち国保料は1世帯14.5万円)で、地域格差が激しい(1人当たり国保料最高13.5万円、最低2.8万円)」「市町村国保世帯の44%が保険料軽減世帯、その大部分(全体の32%)が無職世帯」「上限額が65万円となっており、どんなに所得の多い人もそれ以上は課せられない」
・「滞納者の2割程度は悪質」
・「時効は、保険料の場合2年、保険税の場合5年」
・「国保組合にも多額の公費が投入されているが黒字体質で自己負担を軽減するなど、市町村国保被保険者に比べ極めて不公平」「国保一元化が必要」
・国民皆保険を守るための著者の提案
 「医療福祉制度の創設(未納者が生保を受けなくても医療を受けられるように)」「市町村国保を都道府県単位に」「医療保険制度の一元化」
<感想>
・勉強にはなったが、どうしたらよいか、と言う点については難しすぎてよくわからない。
・著者は「国民皆保険を守ることが最重要」という主張のようで、確かに大事な制度なのだとは思うが、これだけ制度間不公平のあるものを本当に守っていけるのか、また、医療、介護、雇用、年金等保険(年金は保険とは言えないが個人勘定でないという意味では似たようなもの)が乱立し、私的保険も入れたとき、国民一人一人の費用対効果がどうなっているのかがわからないと、何とも言えない(不信が残る)ような気がする。難しいことだとは思うし、無責任には言えないが、国民に「覚悟」や「負担」を求めるのなら、すべてを個人(世帯)勘定レベルから考えないと、なかなか皆が納得できるものにならないのではないかと思う。以上 

2010年07月18日 | 福祉、雇用 | こめんと 0件 | とらば 0件 | とっぷ

6月 融解連鎖~日本の社会システムはどこまで崩れるのか

(著者)風間直樹(東洋経済新報社)*10年3月4日発行
<読んだ経緯>
・日本の雇用の一面(日本社会全体を覆う生きづらさの一面)を「見える化」した「雇用融解」著者の最新作。「雇用融解」後と、融解が他の分野でも起きていることについて克明に語られる。
・前作同様一気に読ませるが、「ではどうしたら良いか」というところについては即効薬は見当たらず、読み進めるにつれ辛い気持ちになってしまう。
・融解の原因はおそらくグローバル化なのだろう。「暴走する資本主義」(ロバート・ライシュ)は、超資本主義(グローバル化)の弊害から私たちの社会を守るには、結局のところ、私たち自身が内なる「投資家」「消費者」(グローバル化で利益を得ようとする面)を自覚し、それに対して「市民」としての面を対峙させ、その視点でどう行動できるか(民主主義)にかかっているということだったと思う。でも、私(たち)に、グローバル化、非正規雇用を前提とする「激安サービス」を拒否し、正規雇用に努力する企業を意識的に支援することができるのだろうか・・?でも、しなければ現状は変わらないのだろう。

<第Ⅰ部「雇用融解第2幕」>
・年越し派遣村が注目された09年から1年、経済指標は改善されたが、実態はさほど変わっていない、むしろ「これまで必死に耐えてきたがどうにもならなくなった」という案件が増えている実態が紹介される。
・その中で「資格を取って青森に帰りたい。フォークリフト、玉掛けなどの資格があれば市場の仕事がある。ただ職業訓練のメニューはPCや介護ばかり」という声は、役所が訓練メニューを考えるシステムの欠点を指摘
・雇用保険を受給できない人向けの「訓練・生活支援給付」も、「受託した企業は手付金に加え人数分の受講料を受取るスキームのため、就職につながったなどの成果は問われず、とにかく受講者を集めるため、ビジネスマナーやPCスキルなど汎用性の高い講座ばかりとなっており、生活に窮していれば、希望と異なっても開講される講座に申し込まざるをえない」実態も。
・派遣法改正案をめぐる動きについても、政党等の内部事情ネタが語られるがどうも通俗的。グローバル化の中で日本がどのような雇用ルールを作って生きていきますよ、ひいてはこんな雇用ルールの国として生きていきましょう、という内容が語られないためか(著者に限らず)。本音と建て前のような議論しかなされないのは非生産的のように思う(第4章の「労働組合、派遣会社は誰のためにあるのか」も)。
・派遣、個人請負、外国人労働者、外国人研修生の労働現場の生々しい実態が紹介される。特に、私たちのすぐ隣に、外国人研修生を食い物にしている企業(農家等も)がいる可能性があるのかという現実に驚く。
・偽装請負の告発者たちがその後も不安定な状態(直接雇用に切り替えれても期間工どまり等)あるいは見せしめ的な対応がされていることが紹介される。県が仲介した日亜化学紛争の「まさか県が間に入ったのに合意がひっくり返されるようなことになるとは思わなかった」例なども紹介

<第Ⅱ部「融解連鎖」>
・第5章「住居融解~ハウジングプアの現実」は、ゼロゼロ物件、家賃保証会社、無料低額宿泊所、無届施設など、低所得者をターゲットにした悪質なビジネスの実態が語られ、結局、人が健康で文化的な生活を営んでいく基本となる「住」の部分のセーフティネットが十分でないことが原因であるとされる(各国では住政策の転換がなされていることも紹介)。確かにそのとおりだろう。ただ、行政が新たな金をかけて新たな公営住宅を造ることなどはほぼ不可能だから、縦割施策の壁を取り払い、限られた資源、資金を有効活用して、利用者視点のセーフティネットを組み立て、弾力的に運用していかなければならないのだと思う。
・貧困ビジネスの「無料宿泊所」でも、本人だけが生活保護申請に行っても追い返されるが、スタッフ(貧困ビジネス業者)が同伴するとすぎ認められるという記述は、事実とすれば恐ろしい。
・第6章「医療介護融解」では、介護型療養病床全廃や特養個室ユニット絶対視など現場に合わない施策のもたらした悲惨な実態が語られる。「国が決める」とか「計画を遂行する」などの従来型の進め方自体が「利用者本位でない」ということとイコールになっているのだろう。介護スタッフの困窮化や勤務医・看護職等の悲惨な実態
・第7章「地域社会融解」は、地域医療の優等生、佐久病院などの「長野モデル」が崩壊前夜であること、その原因はモデルの肝である人材育成システムの足を引っ張っている国や自治体であると手厳しい。
・第8章「公共現場融解」は、北海道大学の「謝金雇用」から始まり、(旧)社保庁、都営地下鉄、公的病院等の非正規雇用の実態が語られる。厳しい労働条件と低賃金の下で安心・安全の提供を支えてもらっていることに頭が下がりまた驚く。
・謝金雇用で北大を告発した人に北大の係長から届いた「あなた方謝金雇用の人たちの存在を肯定することは、公務員試験に合格した自分が流した血と受けた痛みを全否定することになる」という手紙が恐ろしかった。

<感想>
・著者は「あとがき」で、著名な学者たちから「おたくは経済誌なのだから「市場主義」が最良だと言うことをちゃんと言うべき」「ワーキングプアなどは大した問題ではない」などと言われたことを、「違和感がある」と紹介し、この認識のずれが、現場と向き合い、対話、議論することの有用性への信頼の差から来ていると述べている。同じ視点から、かつての「経済財政諮問会議」や「規制改革会議」における「異論は排除」「議論は要らない、問答無用」という姿勢を批判している。オープンな対話と議論を評価する著者の姿勢は大変評価できる。

2010年06月30日 | 福祉、雇用 | こめんと 0件 | とらば 0件 | とっぷ

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