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12月 アンデルセン、福祉を語る~女性・子ども・高齢者

(著者)G・エスピン・アンデルセン(NTT出版)*08年12月25日初版第1刷発行
<経緯>
・NIRAの研究報告書で、アンデルセンの「福祉資本主義の三つの世界」の3つのレジームに依拠した議論がされており、以前買っていた本書を思い出し読了、「福祉~」を読もうとしたが大著で大変そうだったのでその代わりとして購入、原題は「福祉国家に関する3つのレッスン」
・データに裏打ちされた比較的価値中立的な論旨で、わかりやすく説得的。是非多くの人に読んで欲しい本
<概要>
(1)レッスン1「家族の変化と女性革命」
 ・「福祉国家に革命的な変化をもたらしたのは「女性革命」」「それを押しとどめようとすることは得策ではない。女性が男性の75%を稼ぎ就労率が75%に上昇したとすると、国民所得は15%増加し税収は(平均課税率30%とすると)10~12%増加する」
 ・「これまでの少子化対策は、①子どもをつくるという決定は父親の所得に依存する、②女性にとって出産が重要な機会費用を伴う場合子どもの数は減るという2つの要因を強調していた」「この説明は現代社会では不十分。女性の就労が広範囲に普及した国では合計特殊出生率は高いし、逆も真。北欧諸国では出生率が高いのが高学歴女性、少ないのが低学歴女性」「女性の(出産)決断と夫の所得との繋がりは無関係ではないが薄れている、むしろ夫の「貢献度」(家事支援等)が影響」
 ・「家族を支援する政策を打ち出すことが重要だが、男女関係に関する従来型の社会規範が家族を支配する限り女性は母親になることを躊躇」「女性の家庭内権力を強化することが重要、家族手当の女性口座振り込みも一法」
 ・「出生率の向上に一番効果的なのは保育サービスの普遍化、産休や家族手当はやり方による」「ゼロ歳児を預けることについて危惧を示す研究もあること、女性の長期の就労停止が生涯にわたる大きな所得損失に結びつくことなどを考えると、デンマークのやり方がおそらくベスト」「デンマークでは全ての国民が保育サービスを受けられる(産休、失業手当受給中も、未就労の場合も)ので、女性は出産後1年間の産休を取るが、その後復職、しばらくはフルタイムで働かないがキャリアは継続。そして、生涯所得の上昇と納税を通じて、保育サービスなどで得た公的資金を43%の金利込みで国家に返済している」
 ・「生涯にわたって女性の就労を支援することが重要で、介護サービスでもデンマークが参考になる。居宅介護は完全公費で、施設介護は5分の一が自己負担、明確に居宅シフトに誘導」
 ・「男性のライフスタイルを女性化させることも重要、学歴の低い男性層ではその傾向は少ない。同類紺(同じ社会階層同士の結婚)が趨勢の中で、(そのような男性と結婚する)学歴の低い女性に対する対策を講じていくことが重要(家族手当の女性の口座への振込等)」「男性の育児休業を進めても、取得するのは主に公的部門の男性に限られる(余り意味のない施策)」
(2)レッスン2「子どもと機会平等」
 ・「平等と効率性をきちんと考慮すると、子どもはコミュニティにとってプラスの財であるが、ほとんどの先進国で子どもの機会の平等は達成されていない」
 ・「教育の機会均等が達成されていないのは、就学以前の段階で「社会的相続」に関する重要なメカニズムが組み込まれてしまっているため。それは、カネ、時間投資(特に夫の)、文化の3つ」「まず、機会平等にはある一定の結果平等(カネ)が必要」「同時に、子どもへの時間投資、家庭の文化的環境の整備も重要」
 ・「過去50年間、人的投資は初等以上の教育に投じられてきたが、投資リターンが最も大きいのは就学前の時期についてのもの」「つぎ込むべき金額は、高等教育に投じるよりも驚くほど少なくて済む」「同時に、社会的相続のメカニズムには、非経済的要因(時間投資と文化)の役割も大きく、そのためには特に学歴の低い女性の就労支援と家庭内における妻の権力強化が必要」
(3)レッスン3「高齢化と公平」
 ・「現在福祉国家の新たな危機に直面している、高齢化による多額の福祉費用の発生とそれに伴う世代間軋轢」
 ・「同類婚で高齢層の格差が拡大する一方だが、学歴の高いものに対する福祉費用は、彼らが長生きのため高くなる」「彼らに対する平均余命に応じた累進課税が必要」「女性の就労促進はこの面でも重要」
<感想>
 アンデルセンは「家族の絆を強めたいのであれば、家族に課された従来の責任を脱家族化する必要がある」と述べている。そのとおりだと思う。また、家族や社会の問題になると理念、建前から論じる傾向があるが、本書のような論じ方をすれば多くの人に共通認識を広げていけ、結局社会で生きる全ての人の利益になるのではないかと思った。以上

2010年12月24日 | 福祉、雇用 | こめんと 0件 | とらば 0件 | とっぷ

12月 「市場か、福祉か」を問い直す~日本経済の展望は「リスクの社会化」で開く

(著者等)NIRA(総合研究開発機構)研究報告書(2010年3月)
<契機>
 NIRAのメールマガジンで、本書が、以前から読みたいと思っていたエスピン・アンデルセン「福祉資本主義の三つの世界」の3つの政策レジームに依拠して分析、提言を行っているのを知り、興味を持って読了。政策レジームで議論することの有効性、有用性がよく示された論文だと思う。
<概要>
(1)問題意識
 ・「20年にわたる日本経済の停滞は3つの面で家計に悪影響を及ぼした。①生活水準の低下、②(不安・リスクの増大による)家計の効用の低下、③所得格差の拡大、本研究会は2番目の点に着目し、個人の過剰なリスク負担から社会の公平なリスク負担にシフトさせる(リスクの社会化)政策レジームについて提言する」
 ・「個人が経済的リスクを負うことは合理的ではない。社会保障制度はリスクの社会化であるが、その一部でしかない」「リスクの社会化は、事前、事後の対処策だけでなく、リスクが公平に共有化させる仕組み、リスクが顕在化しないようにする人々の努力を引き出す仕組みなど多岐にわたる」「政策全体の体系(レジーム)(で議論する必要がある)」
(2)3つの政策レジーム
 ・「各政策レジームにおけるリスク対応策、①自由主義レジームでは市場メカニズムによるリスクの社会化、②社会民主主義レジームでは国家が担う所得再分配策によるリスクの社会化、③保守主義レジームでは伝統的組織の共助扶助が担う所得再分配策によるリスクの社会化」「日本は自由主義レジームと保守主義レジームの両方の特徴を持つとされるが、それぞれのレジームが有効に機能するための制度が完備されておらず、リスクが個人にしわ寄せされている」
 ・「自由主義レジームから見た日本の問題点、①効率性を阻害する各種規制の存在、②金融市場がリスク・シェアという点から未発達、ノンリコースローンなどの遅れ(←確かに、住宅ローンを払えないため自宅を競売されながらもまだローンが残ってしまうことが当然とされている(リコース・ローン)日本はおかしいと思う)など、個人がリスクに対処することを可能にする仕組みが不十分」
 ・「社会民主主義レジームから見た日本の問題点、①日本の再分配は、現役世代から高齢世代への所得移転のウエイトが高く、現役世代間や子ども世代への移転にしわ寄せ、②労働市場の公平性も不十分、③窓口での行政裁量余地が多く、制度の実効性が乏しい」
 ・「保守主義レジームから見た日本の問題点、①共同体に保護してもらう代わりに雇用者の立場が弱い、②再分配政策の機能が弱い」
(3)日本は政策レジームを見直す時期
 ・「自由主義レジームへシフトのためには、徹底した規制緩和、新規参入コストの軽減と民間のリスクシェア機能の強化(ノンリコース化も含む再チャレンジコストの軽減)」「社会民主主義レジームへシフトのためには、世代間のリスク・シェアと公平な労働市場の実現(そのための、所得の正確な把握のためのインフラ整備と政府の透明性、信頼性の確保)」「保守主義レジームへシフトするためには、雇用の公平性とワークライフバランス実現のための規制」が必要
(4)日本の目指すべき方向性
 ・「日本では、共同体にリスク・シェルターとしての機能を担わせることは限界、リスクを公平に負担する社会を実現することが重要、社会保障給付でターゲティング(高所得者から低所得者への所得移転)とユニバーサリング(全ての所得階層に一定の給付を保障)の考えがあるが、ターゲティングが望ましい」
 ・「日本における政策の柱として、①高齢者世代に偏った再分配政策の見直し、窓口における行政の裁量排除、②市場メカニズムを最大限重視した政策の実現と競争を支えるインフラ整備(雇用調整助成金の見直し、金融機関のリスク仲介能力の向上、贈与税・相続税の引き上げ等)、③雇用規制による一律保護でなく個人が自分に合った働き方を主体的に選択できるようにする必要がある」
<感想>
 現行政策の問題点と方向性について、具体的かつ簡潔にまとめられた好論文。ターゲッティングの立場から子ども手当などには批判的。ただ、政策レジームから政策を考えるという正攻法的な議論が政治の場でなされないのは残念なこと。以上

2010年12月23日 | 福祉、雇用 | こめんと 0件 | とらば 0件 | とっぷ

12月 教育の職業的意義~若者、学校、社会をつなぐ

(著者)本田由紀(東京大学大学院教育学研究科教授、ちくま新書)*10年4月20日第3刷発行
<きっかけ>
・5月頃か、労働・就業相談などを行っているNPOが著者を招いた講演会を開催したが残念ながら行けなかったため、講演テーマでもあった本書を購入。積ん読状態であったが、今回気を取り直し再度挑戦
・丁寧な説明でわかりやすく、著者の持つ危機感はよく伝わってくる。今の日本現実に対して根本的な問題提起をしている本だと思う。しかし、当然ながら大変なテーマであるので、著者も「社会の体質改善とも言うべき地味な提言」と言っているが、一人でも多くの人がこの問題意識を共有することが大事なのだと思った。
<概要>
・「本書の目的は、日本で長らく見失われてきた教育の職業的意義の回復が今まさに必要とされていることを広く世に訴えること」
・「なぜ今教育の社会的意義が求められるか」「若者の仕事の世界が「ジョブなきメンバーシップ」を原理とする正社員と「メンバーシップなきジョブ」を原理とする非正社員という二つの両極端の世界が併存し、いずれをも苦境に陥れている」「それに対して若者たちがあまりに無防備、対応する、自己を守る能力を一切教育されていない」
・教育の職業的意義が、受け入れ側の企業からも、教育学の内部からも軽視されてきた歴史を記述
・「日本の教育機関における教育の職業的意義は国際的に見ても極めて低い。日本の学校や大学は仕事の世界に向けて若者を準備させるという重要な機能が他国と比べて明らかに弱体」
・「大学教育の職業的意義の低さは大学教育そのものの正当性やそこへの資源の投資の合理性を揺るがしている。学費が高いにもかかわらず卒業後の仕事に活用されないということは、大学生とその家族が無駄な出費を強いられていると言うこと」「企業の新規学卒一括採用も教育の職業的意義を低下させている、中途採用の方が新卒採用よりも多いイギリスなどのやり方を検討することは、企業にとっても離職防止などにいいはず」
・「今行われているキャリア教育は自己実現アノミーなどと言われるように、若者の不安や混乱を助長させている」「意欲だ、熱意だ、コミュニケーション能力だ、などという煙に巻くような抽象的なものでなく、特定の専門領域にひとまず範囲を区切った知識や技術の体系的な教育と、その領域及びそれを取り巻く広い社会全体の現実についての具体的知識を若者に手渡すことが重要」
・「教育の職業的意義の主張に対して「従順さを調教するものだ」などの意見もあるがそれは誤り」「閉塞状況にある教育学ではなく、むしろ社会学から提起されている「職人技、物語性、有用性という3つの要素が、不要とされることへの不安の中を生きる労働者にとっての文化的な錨となる」という指摘の方が重要」
・「教育の職業的意義を構築するためのインフラ整備(不適応の場合のやり直しの保障、リカレント教育の保障、企業における職種別採用の拡大、セーフティネットの充実等)が必要」以上

2010年12月23日 | 福祉、雇用 | こめんと 1件 | とらば 0件 | とっぷ

12月 街場のメディア論

(著者)内田樹(神戸女学院大学文学部教授、光文社新書)*10年9月10日第4刷発行
<きっかけ>
 著者の名は子どもから聞いたことがあったが、読んだのは本書が初めて。メディアの暴走の仕組みや世論、クレーマーなどについてユニーク説得力ある議論を展開しているが、キャリア教育批判や知的所有権に対する見解には納得できなかった。
<概要>
・第1講では、文科省等の進める「キャリア教育」を批判する。曰く「適性と天職などを考えるから就職できない」「能力はマインドセットの問題」「能力は他者から求められたときに開花する」等々を(なぜ同列に論じるのか理解できないが)ご自身に子どもができたときに父性愛が目覚めたことも例に語られる。著者の主張には、生きにくい社会に出るため必死に努力(無駄なことも多いかもしれないが)している学生たちを、恵まれた高みの環境から見下ろして評論している残酷さを感じる。
・第2講マスメディアの嘘と演技、ここからがメディア論。「マスメディアの凋落はインターネットによるよりもジャーナリストの知的な劣化によるものである」「テレビは、つつがなく放送することが自己目的化しており(それはそれで仕方ないことだが)、当事者たちのその本能的な弱さに対する自覚がない」「質保障の基本はピアー・レビュー(同僚による査定)であるべきなのに、新聞はテレビを批判せず、質の劣化を放置している」「メディアで特にたちの悪いのが、知っているのに知らないふりをしてイノセントに驚愕してみせること、知らなかったのはメディアの無能を示すものであるはずなのに、恥ずかしげもなく言い逃れ、最後は「こんなことが許されていいのでしょうか」という常套句で終わらせる」「メディアが多用するこの演技的無知はそれを模倣する人々の間に社会的な態度として広く流布し「クレーマー」となった」
・第3講メディアとクレーマー。「己の無知や無能を言い立てて免責特権を確保しその上で被害者面して勝手な意見を言うというメディアの態度が目につくようになったのはここ数年間のこと」「これが市民に蔓延したのがクレーマー、すなわち、自分の能力や権限の範囲内で十分に処理できるし、すべきトラブルについて、無知、無能、言い換えれば市民的未成熟を言い立てて誰かに補償させようとする人々」「日本のマスメディアは、一貫してクレーマーの増加に荷担してきた」「このような未成熟な市民が大量に生み出されたため最も劣化させられたのが教育と医療」
・第4講正義の暴走。「病院で「患者様」と呼称するようになって、入院患者が院内規則を守らなくなり、暴言を吐く患者が増え、入院費の踏み倒しが増えたが、これは患者が消費者的に振る舞うことを義務づけられたのだから当然」「メディアは、万人が消費者として容赦なく振る舞うとき市場は最高の状態に進化していくという「消費者モデル」イデオロギーの普及に積極的に荷担してきた」「メディアにはとりあえず弱者に荷担するという性癖があり、それは正しいが、その後真実を調査しなければならないのに、それをせず、いったん取った自己の立場に固執するか、なかったことにして、次のとりあえずの弱者の問題に移っていく」「なぜ自分は誤ったのかを簡潔かつロジカルに言える知性が最も良質な知性だが、今のメディアはこの知性観を採用しない(岩波書店の例などを挙げる)、他人には要求する消費者モデルイデオロギーを自分には適用しない」「言葉から個人が欠如し、定型化、マニュアル化されたメディアの暴走がメディア自身をも焼き尽くす(誰でも言いそうなことしか語らないのでなくても問題ない)」←この章は「暴走する資本主義」などを援用しながら畳み込むような議論展開で大変説得的
・第5講メディアと「変えない方がよいもの」。「メディアの劣化はその定型的な言葉遣いの帰結だが、それは2つの信憑、メディアは世論を語るものだという信憑とメディアはビジネスである信憑で形作られている」「しかし、世論とは誰もその言責を引き受けようとしないもの、自分の生身を差し出してまで主張しなければならない真実ではないものであり、無責任で攻撃的になりがち」「メディアがビジネスであるという信憑からは、変化への異常なまでの固執、惰性への攻撃が生じ、医療や教育などの社会的共通資本にも集中的なバッシングを加え、今日の荒廃をもたらす一因となった」
・第6講読者はどこにいるか、ここから出版に対する議論。「不毛な著作権論争」「書物は商品ではない」などと述べ、著作権や知的所有権を擁護する人や「図書館は新刊書を余り買うな」と言う人たちを、(図書館)読者を盗人扱いするものなどと非難する。しかし、この考え方には全く納得できなかった。これは、著者も自認されているとおり大学教授という定職と人気評論家としての多くの著書を有する方(物書きの中でもほんの一握りの人たち)にしかできない主張だと思う。やはり、本は、著者や出版の人たちの生活を支え、文化を再生産するため、有料で買って読まれるべきものであり、図書館などにはできるだけ新刊書は置かないでほしいと思う。
・その他著者は、「本棚の欲望」や「贈与経済」などのユニークなキーワードによる分析などから出版文化の未来を論じるが、私などは、そのような難しい、また、結局競争に打ち勝った一握りの著者しか生き残れないような主張(著者も「生き延びられるものは生き延びよ」と言っている)よりも、「本は著者たちの知的営みに敬意を表するもの」「文化は一人一人がお金を出して支えるもの」「本は買って読むもの」ということを常識にしていった方が、すそ野の広い、ゆとりのある文化ができるのではないかと思う。
・いずれにしても、著者の主張は、著者が批判する市場原理主義とは逆の意味で同じように残酷な発想であると感じた。以上

2010年12月19日 | コミュニケーション | こめんと 0件 | とらば 0件 | とっぷ

12月 世論の曲解~なぜ自民党は大敗したのか

(著者)菅原琢(東大先端科学技術研究センター特任准教授、光文社新書)*09年12月20日初版1刷発行
<きっかけ>
 メルマガで今この本がよく読まれていることを知り購入。郵政選挙から先の政権交代選挙までの政治家やマスコミ関係者の認識した「世論」が、いかに(真の)世論と違ったものになっていったかということを、詳しいデータ分析から導いている。データの見方についてとても勉強になる。
<概要>
・「先の総選挙の敗北の原因を「小泉政権の負の遺産」とする政治家、マスコミ関係者が多いが、それを示すデータは一切ない」「逆に、自民党が苦手としていた都市部住民、若年層と中年層の支持を獲得するという小泉が書いた処方箋を捨ててしまい、党首人気という根拠のない療法に頼り、病気を悪化させたもので、当然の帰結というべき」
・「人は自分の考えや事前に有している印象や情報に従って物事を解釈しがち、都合のよいものだけを選び取ってしまう習性(確証バイアス)がある。自民党の政治家や番記者たち(専門家)が誤った進路に舵を切り、誤った報道を繰り返したのはこの確証バイアスが背景にある」
・「郵政選挙は、データから見て、従来の自民党が支持されたのではなく改革を進める自民党が支持されたものだが、政治家や評論家は国民がお題目やテレビに踊らされたなど異なるイメージで捉えた」
・「07年参院選で自民党は1人区で負けて大敗したため、小泉構造改革で農村が疲弊したため(逆小泉効果)と分析するむきがあるが、1人区の自民党の票は減っておらず、増えた投票率の分が野党に行ったための敗北であり、その人たちが古い自民党の復活を支持しなかったため」
・「「逆小泉効果」という分析は、著者の指導教官の樺島東大教授(当時、現熊本県知事)らの誤ったデータ分析による調査論文とそれを真に受けた全国紙などの論調が大きな影響を与えた」(痛烈だが、説得力ある批判)
・本書の後半は、なぜ自民党が麻生氏のような人物を代表に選び、大敗したのかの分析。まず、「当初は政治家もマスコミも(フジサンケイグループを除き)国民の中に麻生人気があるなどと考えていなかったが、各マスコミの次の首相調査の中で麻生氏が最有力候補になっていく、すなわち「総裁選に出たから」次の首相調査の数字が上がっただけ」
・「政治家や番記者が安部氏や麻生氏を人気だと見誤ったのは確証バイアスによるものであり、その原因にネットの見過ぎがある」と考える著者は、ネット上の各種データから「若者右傾化論」が語られていることを例に、ネット世論の危うさについて論じる。「ネット上に世論があると考えること自体ばかげている。「ネット小言」などと言い換えるべき」
・現代における世論と政治の関係について「普通の人にとって政治は遠目で眺めるものでしかないが、政治家や番記者には普通の人は見えず、政治に何かを求める人たちの「世論」や世論調査や選挙結果の数字しか見えない。小泉後の自民党が支持を失ったのは、世論と「世論」の乖離を整理し理解できなかったため。彼らは「世論」に合わせて世論調査や選挙結果を解釈し対応を誤った」
・「世論が正しいとは言わないが、(真の)世論を理解してこそ適切なつきあいができるのであって、そのリテラシーを有しない学者や評論家にだまされないようにすることが大切」
<感想>
 著者は世論が常に正しいとは主張していないが、それでも政治家や番記者の周りの「世論」よりも正しいし、安定しているものと捉えているようだ。ただ、世論自体については、宇野重規「私時代のデモクラシー」や、今読んでいる内田樹「街場のメディア論」における捉え方(結構シニカル)の方が何となく実感に合う。以上




 

2010年12月18日 | コミュニケーション | こめんと 0件 | とらば 0件 | とっぷ

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